忙しさが極まった日の帰り道、ふと浮かぶ問いがあります。
「この仕事、誰のためにやってるんだっけ」
模範解答は分かっています。患者さんのため。医療職なら誰でも、面接でそう答えて、この世界に入ってきたはずです。私もそうでした。でも約20年働いた今、この模範解答と少し違う答えを持っています。今日はエッセイとして、その変遷を正直に書いてみます。
「患者さんのため」という言葉の光と影
「患者さんのため」は、本当に力のある言葉です。しんどい夜勤も、理不尽な忙しさも、この言葉ひとつで意味に変わる。私自身、若い頃はこの言葉にずいぶん支えられました。
でも、あるときから影の面にも気づくようになりました。この言葉は、断れない理由にも、無理を正当化する理由にもなるのです。
「患者さんのためだから」残業を引き受ける。「患者さんのためだから」休憩を削る。「患者さんのためだから」と、自分の体調や家族との時間を後回しにする——。美しい言葉が、いつのまにか自分をすり減らす道具に変わっている。医療現場で、そういう使われ方を何度も見てきましたし、私自身もやっていました。
飛行機の酸素マスクの話
考えが変わったきっかけのひとつが、よく知られたあのアナウンスです。
飛行機の緊急時、酸素マスクは「まずご自身が装着してから、お子様を手伝ってください」。
最初に聞いたときは冷たい話だと思いました。でも逆です。自分が酸素を失えば、隣の子どもを助けられる人がひとり消える。先に自分を保つことは、自己中心ではなく、助ける力の維持なんですね。
医療職の働き方も同じだと、今は思っています。すり減った状態で検査室に立つ私より、整った状態で立つ私のほうが、目の前の患者さんに対して、いい仕事ができます。声のかけ方、確認の丁寧さ、小さな違和感への感度。疲弊は、真っ先に「患者さんのため」の質を削るのです。
だから、私の今の答えはこうです。
まず、自分のため。整った自分が、結果として患者さんのためになる。
「誰のため」は、一つじゃなくていい
もうひとつ、年を重ねて変わったことがあります。「誰のため」の答えが、同心円のように増えたことです。
- 自分のため:健康、生活、学ぶ楽しさ。円の中心はここでいい
- 家族のため:この仕事で家族の生活が成り立っている。立派な「誰のため」です
- チームのため:自分が整っていれば、隣の同僚の負担がひとつ減る
- 目の前の患者さんのため:言うまでもなく
- 未来の患者さんのため:後輩を育てること、仕組みを整えること。今日会わない誰かのための仕事
若い頃は「患者さんのため」一本で、それ以外を口にするのは不謹慎だとすら思っていました。今は逆です。円がたくさんあるほうが、仕事は長続きする。どれか一つの円が苦しい時期でも、別の円が仕事の意味を支えてくれるからです。
疲れているあなたへ:円の内側に戻る許可
もしいま、「患者さんのため」という言葉に疲れを感じているなら——それは不謹慎でも、向いていないのでもなく、外側の円だけで走り続けたサインかもしれません。
そういうときは、円の内側に戻っていい。自分の休息を優先する。家族との時間を守る。それは「患者さんのため」からの逃避ではなく、遠回りに見えて、そこへ戻るための道です。燃え尽きないための具体的な工夫は、別の記事に書きました。
まとめ:問いは、持ち続けるためにある
「あなたの仕事は誰のため?」——この問いに、一生変わらない正解はないと思います。私の答えも、20年でずいぶん変わりました。きっとこれからも変わります。
- 「患者さんのため」は力のある言葉。でも自分をすり減らす道具にしない
- まず自分を整える。整った自分が、いちばん患者さんのためになる
- 「誰のため」の円は複数あっていい。多いほうが、長く働ける
- 疲れたら円の内側へ。それは逃げではなく、戻るための道
帰り道にこの問いが浮かんだら、それは考えるいい機会です。模範解答ではなく、今のあなたの答えを、ゆっくり探してみてください。
※本記事は個人の体験に基づくエッセイです。働き方や体調に関する不調が続く場合は、職場の相談窓口や医療機関・専門家にご相談ください。

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